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川崎大師 節分会・追儺式

2016年03月2日(水)

川崎大師
節分会・追儺式
二月三日(水)

二月三日は節分。一陽来復の春を迎え、今年も川崎大師平間寺様において由緒ある節分会・追儺式(豆撒き式)が行われ、例年通りお家元と若宗匠がご参加に。風は冷たいながらも快晴に恵まれたこの日、大本堂にも豆撒き式会場にも多くの善男善女がご参集になりました。
一時十五分、法螺貝の音が響くなか信徒会館からお練りが出発。境内をひと廻りしてから大本堂へ、やがて御貫首藤田隆乗大導師猊下が御入堂になり護摩壇の前に御着座。一時三十分より除災招福祈願の大護摩法要が開始されました。
まず願文が読み上げられ、堂内に満ちたご参詣の皆さんが声を合わせて御本尊「厄除弘法大師」に対し御宝号「南無大師遍照金剛」を五たび唱え「開運満足」「心願成就」などを御祈願。やがて大導師猊下によるご法要が始まりお護摩の炎が高く昇り出しますと、壇上最前列にて手を合わされておられるお家元、若宗匠のお顔が炎に映え、遠くからでもはっきりと拝見できました。
読経が続く内にお一人ずつの名前が呼び上げられ、福升を受け大本堂前へ。こちらで恒例の御貫首藤田隆乗猊下を中心とする記念写真の撮影があり、お家元と若宗匠は御貫首様のすぐお隣りにて写真に収まられました。
ここから再び境内のお練りがあり、薬師殿前の特設豆撒き式会場の舞台上へと進まれます。毎年驚かされるほど横に長い舞台の中央、大導師猊下、豆撒講講元様に並んでお家元と若宗匠もお立ちになり、午後二時、大太鼓の音が鳴り響き「福は内」の大音声とともに追儺の豆撒きが一斉に始まります。
会場には翠鶴先生や峯雪先生、そして御流儀の方々も大勢様お見えになり福豆を受けられておりました。
お家元と若宗匠が、力強く腕を大きく振って遠くの方へも届くよう福豆を投げられている御姿が特に印象に残った今年の節分会・追儺式でありました。
東京茶道会招待茶会
―二月十一日(木・祝)
(護国寺・不昧軒)

本年も「建国記念の日」の二月十一日に「東京茶道会招待茶会」が護国寺において開かれ、お家元が〈不昧軒〉にてお席を持たれました。
快晴とはいえ春は名のみで底冷えのする一日でしたが、多くのお客様がお見えになり、今年最初の東京茶道会茶会を楽しまれてゆかれました。
当日は若宗匠と峯雪先生がお点前をされ、お家元も御挨拶とともにお客様ににこやかにお話になるなど、誠に和やかな雰囲気のお席でありました。
床の御軸は如心斎筆の詠草。但し和歌ではなく禅語で、臨済宗の公案集『碧巌録』第七則の一節「江國(こうこくの)春風(しゅんぷう)吹不起(ふきたたず) 鷓鴣啼(しゃこないて)在深花裏(しんかりにあり)」。有名な字句でお茶席では一行物の御軸としてよく掛かりますが、詠草風に散らし書きにしているのは珍しいそうです。その伸びやかで闊達な書風が感じられた御軸でした。
江國とは中国・江南地方のこと。鷓鴣はキジ科の中でキジとウズラの中間の体形を持つ鳥の総称でコジュケイもその一つ。〝江南に春風が吹いても波は起たず、咲き乱れる花のさらに奥深くでは鷓鴣の鳴声が聞こえる〟。これに続く語句が「三級(さんきゅう)浪高(なみなみたかくして)魚化龍(うおりゅうとかす) 癡人(ちじん)猶?(なおくむ)夜塘水(やとうのみず)」。〝三段の滝は波が高いが登りきった魚(鯉)は竜になった。しかし愚か者は魚がまだいると思って今夜も滝壺を探している〟。「鷓鴣」「魚」は仏を表し、これは「仏とは?」との問いへの答え。すなわち「仏」は自然の中でもすぐに見付かる筈なのに、あれこれ探し廻っているのは愚かなことだ、という教え。以上は全くの意訳ですので、間違っていたらご指摘下さい。
一元斎作の竹花入は珍しい置筒で銘「幾千代」。こちらには翠鶴先生が木瓜の木を添えて加茂本阿弥椿を。香合は祥瑞風の古染付で型物香合の内の角繋。お祝いの意を込めて選ばれたとお聞きしました。
お釜も大変に見所の多いもので、益田鈍翁所持芦屋釜の写し。鈍翁自ら昭和初期に名古屋の長谷川一望斎に作らせたという写し釜で、鈍翁の箱書によると二個の内の一つなのだそうです。霰で鱗型を象った見事な紋様。さらに胴周りには「明應参年 正月廿八日 石阿弥」と鋳刻されており、石阿弥が作者か注文主かは不明ながら、釜本体に製作年銘がある大変に珍しい芦屋釜であるとも。本歌は鈍翁が所持した釜の中でも名物釜の一つであったとのことでした。ちなみに「明応三年」は西暦では一四九四年で室町時代のこと。前年に「明応の政変」が発生しこれが戦国時代の始まりであると説く研究者もいます。
梨地の米棚には竹の鐶付が特徴的な七官青磁の水指。お客様から「香炉のようですね」とお尋ねがありましたが、まさにその通りで本来は獅子の共蓋が付いており、獅子の口からお香の煙が立ち昇るようになっているのだとか。「しかしそれではとても米棚には収まりませんので、本日は替蓋を用いております」とは若宗匠のお話。
茶器はご流祖の箱書のある如心斎在判の美しい一閑中棗。
主茶?はご流祖作の黒楽で銘「大黒」。ずっしりとした存在感からの御銘かと思いきや、よく見ると正面に小槌の絵がありました。なお茶杓の銘が「ゑびす」ですので揃って「恵比寿大黒」となります。本年最初の東京茶道会を祝ってのお目出度い御趣向でございました。替茶?は御本で銘「若草」。こちらも春らしく明るい色合いでした。また主茶?のご流祖の箱書には発句〝福徳をあつめてくゝり頭巾かな〟が記されておりました。
茶杓は前述の通り銘「ゑびす」で如心斎作・共筒、ご流祖の共箱。櫂先の細いいわゆる如心斎型。材は胡麻竹。紫とも黒とも言えぬ小さな斑点が味わい深いお茶杓であります。
その他のお道具組については下記に掲載しますお会記をご参照いただくとして、この日は旧暦でいえば正月四日でまさしく初春を迎えたところ。床のお花の加茂本阿弥の白と木瓜の紅色の花が、お昼を過ぎてだんだんと開いていったように、お席全体から春の訪れが感じられ嬉しくなった一日でありました。

〈当日の会記〉
 平成二十八年二月十一日
 音羽護国寺不昧軒
主 江戸千家宗家家元
川上閑雪
床 如心斎詠草 流祖箱
  江國春風吹不起
  鷓鴣啼在深花裏
花  加茂本阿弥 木瓜
花入 一元斎作 置 銘 幾千代
香合 古染付 角繋
釜  芦屋 鱗紋 明應参年銘
   鈍翁所持写
 風呂先 熨斗目
 炉縁  雪輪蒔絵
棚  梨地米棚
水指 青磁 七官   茶器 一閑 如心斎在判 流祖箱
茶? 流祖手造 銘 大黒 共箱
 福徳をあつめてくゝり頭巾かな
 替 御本 銘 若草
茶杓 如心斎 銘 ゑびす 流祖箱
 建水 砂張
 蓋置 蟹 表千家伝来写
弘入作
御茶 寿泉の白 ほ里つ詰
菓子 梅づつみ 鶴屋八幡製
 器  縁高      
以上





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