御宗家の御宗旨であります日蓮宗の大本山池上本門寺様では、毎年十二月中旬に「茶筅供養会」が執り行われておりますが、旧臘十四日(土)、お家元は初めてこちらにご参加になり、御法要において御供茶勤仕をされました。また当日はあわせて恒例のお茶会も開かれ、次の二席が設けられました。
・薄茶席(松濤の間)
江戸千家宗家家元 川上不白
・立礼席(長栄の間)
裏千家 大田区同門の会
御供茶式
「御供茶式」は、広大な境内の中央にあります大堂(祖師堂)での「茶筅供養会」御法要にて行われました。風がやや強い一日でしたが、晴天の空の下、大勢様が続々と御参集になり、広い堂内は早々に立錐の余地もなくなるほどでありました。
午前十一時、お家元や若宗匠はじめ関係者の方々、そして菩提寺・安立寺の御住職様、副住職様が所定の座に着かれますと、堂内の左右に据えられた大太鼓が同時に鳴り響き、僧侶方が御入堂になり、本日の大導師・池上本門寺第八十三世菅野日彰御貫首が着座されますと御法要の開始となります。
はじめに参会者全員で三度御題目を唱え、次いで内拝、そして読経が始まります。大導師猊下の両脇には副導師として池上本門寺の鈴木弘信執事長と山口顯辰学監が着座され、さらにその前には左右に四名ずつ僧侶方が着されて経文を読み上げられます。やがて御案内を受け、お家元が一段高い点前座に上られて御供茶点前をお勤めになりました。お家元が丁寧に点てられた濃茶、薄茶の二碗は、内陣中央の日蓮聖人御尊像(祖師像)に供えられました。
お点前を終えられたお家元は、若宗匠と揃って御焼香をされ、続いて御参列の方々も御焼香。最後に菅野御貫首が進み出られて祖師像を拝されて御退出。こうして滞りなく「御供茶式」並びに「茶筅供養会法要」無事終了いたしました。なお御法要終了後には紅葉坂大玄関前にて茶筅供養のお焚き上げが行われました。
茶会
お茶席が設けられたのは大堂の後方に建つ本院寺務所の奥、大客殿二階にあります〈松濤の間〉にて、御供茶式に先立ち午前九時半から始まりました。こちらは眼下に紅葉景色が広がる奥庭「松濤園」が一望できる気持ちの良いお部屋。なお「松濤園」の作庭は小堀遠州と伝えられております。
お点前は午前中が峯雪先生、午後は若宗匠がお務めになりました。大広間でのお席は一回につき約五十名様が席入されましたが、前述の通りこの日は大勢様がお出ましになりましたので、毎回多くのお客様で終日賑わっておりました。
横幅の広い床の中央には日蓮聖人御像が供えられ、その左に掛けられた御軸はご流祖筆の大横物「喫茶去」。〝八十二翁〟とありましたが、とてもそうとは思えない雄渾な筆致に驚かされます。下蕪型の宋胡録の花入には白玉椿と蝋梅。梅を材とした宝珠の香合はお家元在判。木目を活かした温かみが伝わってくる作でした。
炉のないお部屋ですので欄干風炉釜でのお点前に。高麗卓に青磁の水指は伴蓋が精緻な珠取獅子になっている香炉の転用。香を焚くと獅子の口から煙が立ち上る仕組みになっています。蓋が大きいため時に替蓋にて使われますが、やはり伴蓋ですと趣きが違います。すっきりした色合は七官青磁ではないかと。茶器は一元斎好の雪輪蒔絵。雪華紋もあり、大胆なデザインの蒔絵が施された棗でありました。
主茶盌はご流祖手造の黒楽で銘「六祖」。中国禅宗の第六祖・慧能禅師は、五祖弘忍の下で、最初に寺の米搗き仕事についたことから、「六祖」と言えば米搗き図という約束があり、このお茶碗にもご流祖による米搗き臼が描かれておりました。また、お客様の中には根津美術館の特別展を拝見してきたばかりという方も多く、こちらで実際にご流祖手造のお茶盌に触れられるということで大変感激されておりました。
替茶盌は御本の暦手。濃い鼠色の素地に胴に白化粧の掻き落とし風の刷毛目がすっきりとした印象を与えます。茶盌もご流祖作の銘「落葉」。その他のお道具組については、文末に当日配布されたお会記を記載しますのでご参照いただくとして、お寺でのお茶席ということで、華やかさを抑え清々しさが伝わってきた薄茶席でありました。
不思議とこれまで御縁がなかった池上本門寺様での初めての御供茶ということで、お家元もやや緊張された面持ちでしたが、お点前が始まりますと無心で丁寧に御茶を練られるお姿が実に印象的。またお式を終え、御参列の皆さんに御挨拶をされた折の安堵されたような笑顔もまことにやわらかで、こちらの心持ちも温かくなった御供茶式でありました。
〈会記〉
池上本門寺 茶筅供養会茶会
令和元年十二月十五日
於 大客殿二階〈松濤の間〉
主 江戸千家宗家蓮華庵
十世家元 川上不白
床 不白筆 喫茶去
花 白玉椿 蝋梅
花入 宋胡録
香合 宝珠
風炉釜 欄干風炉釜
棚 高麗卓
水指 青磁
茶器 一元斎好 雪輪蒔絵
茶盌 不白手造 黒 銘 六祖
替 御本 暦手
茶盌 不白作 銘 落葉
建水 高取
蓋置 染付 千切
御茶 深雪の白 山政小山園詰
菓子 鶴屋八幡製
器 好 雪輪透縁高
以上
(「孤峰 江戸千家の茶道」令和二年一月号より)