池上本門寺様での「御供茶式」の翌日である旧臘十五日の日曜日、師走恒例の「護国寺慈善茶会」(主催:大本山護国寺/後援:読売愛と光の事業団)が開催され、第五十三回となる今回もお家元が〈月窓軒〉にてお席持ちをされ、快晴ながら風が強いため底冷えのする一日でしたが、多くのお客様がお出ましになりました。
この日の〈月窓軒〉は濃茶席。まずはお家元が御挨拶をされ、お点前は若宗匠がお務めになり、半東には智大様が入られました。
床の御軸は大徳寺一八五世・玉舟宗璠筆の豪快な一行「雪継渓橋断(雪は渓橋の断たれるを継ぐ)」。迫力ある筆遣いに圧倒されますが、季節感とともに、来年への掛け橋の意を込められた歳末のお席に相応しい御軸でありました。
象耳付の花入は柔らかな膚の質感が独特の色絵銅。お花は白玉椿に木大角豆(キササゲ)。口絵写真のとおり絶妙なバランスで生けられておりました。書院に飾られた香合はいわゆるドーナツ型の染付で、ご流祖の箱書には〝南京クワラ〟と。これは袈裟に付属する象牙製の輪「掛絡(カラ 絡子環とも)」を模したことを意味しております。
お釜は〝ててどうや〟こと西村家四代道爺の作。その特徴である荒膚の繰口釜でした。炉縁は真塗。お棚は桐木地の大棚「志野棚」。
手許の本によると、利休が香道志野流の香棚を好み直したものだそうで、利休袋棚とか、単に袋棚とも呼ばれ、「台子を除くとこの棚は炉専用の最初の置棚である」と記されておりました。
飾茶器は黒地に金蒔絵の雪輪が大きく描かれた一元斎好の吹雪棗。水指は年の瀬ということでお好みの杵型の高取。こちらは亀井味楽の作でした。茶入はご流祖手造の黒楽。胴に朱書きで「木がらし」とあり、さらに茶杓が覚々作共筒、ご流祖共箱の銘「歳暮」でしたから、この時季らしいお取り合わせとなっておりました。仕服は時代の間道。
茶盌は高麗半使。曲物の蓋の甲には「朝鮮焼」の三文字。蓋裏には古筆了信筆の貼紙極があり、この三文字は小堀和泉守政峯の書であると記されておりました。薄手ながら見込みが深く、鼠色を帯びた色合いと直線的なフォルムが独特な重厚感を醸し出す濃茶席らしいお茶盌でした。出袱紗は印金。
蓋置は一元斎好の雪輪の染付、御茶はお好みの千代の昔(味岡松華園詰)で、御菓子は鶴屋八幡製「蝋梅」。
いつもより派手さを抑えたお道具組から伝わってきたのは、江戸千家らしい洒脱さでしたが、こうした佇まいこそがご流祖生誕三百年記念の年を締め括るに相応しいお席だと納得できた、一年納めの「慈善茶会」でありました。
(「孤峰 江戸千家の茶道」令和二年二月号より)