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2018年9月22日 神戸・生田神社「御献茶祭」「記念茶会」

2018年11月19日(月)
神戸の三宮駅すぐ近くという中心地に存します生田神社様は神功皇后以来の歴史を有する由緒ある神社です。また境内北側の鎮守の森である「生田の森」は、源平合戦の古戦場としても知られております。
この生田神社様において九月二十二日(土)、平成二十七年以来三年ぶりとなりますお家元の御献茶奉仕が行われました。この時期、生田神社では毎年「秋祭神賑行事」が開かれており、様々な神事や芸術文化の催しが開催され、「御献茶祭」も神事の一つとして執り行われております。

御献茶祭

前夜からの雨もあがり、曇り空も時刻が進むにつれ少しずつ晴れあがっていったこの日、御献茶祭の定刻よりもかなり早い時間帯から、多くの方々が続々と境内「拝殿」にご参集になり、これに合わせてご用意の長椅子もどんどん増設されてゆきましたから、前回同様定刻前に拝殿内は満席状態になっておりました。
午前十時、大太鼓の音を合図に生田神社宮司・日置春文様を先頭に神職の方々が昇殿され、続いてお家元、翠鶴先生、若宗匠、峯雪先生、智大様も昇殿、本殿右側の席に付かれて「御献茶祭」の開始となりました。
まず雅楽の演奏があり「修祓の儀」に。御宗家の方々、点前座、そして御参列の方々がお祓いを受けます。続いて「宮司一拝」との御案内があり、日置宮司様が神前に進まれ一拝、参列者全員これにあわせます。神職の方が神前に「御神餞」を奉り、宮司様によって本日の祝詞が奏上されました。次いで進行役の方より「献茶の儀」とアナウンスがあり、「御献茶奉仕」の開始となりますが、今回は若宗匠、そして智大様が進み出られました。
点前座は本殿と拝殿の間に設置されている広い舞台上に設えられており、ここで若宗匠がお点前をされ、智弘様が半東をお勤めになったのがこれまでとの大きな変化でございます。やがて若宗匠がお点てになって濃茶、薄茶の二碗はそれぞれ智大様から神職の方に渡り、御神前に献じられました。
お点前を終え若宗匠も御神前に進まれて一拝。そして「宮司、玉串を奉りて拝礼」との御案内を受け、日置宮司様が玉串を奉呈し拝礼、再び若宗匠が進み出られて同じく玉串を奉呈し拝礼、続いて不白会近畿支部長・山口宗芳様、生田会幹事様、加藤隆久名誉宮司様が同様に拝礼され、御参列の皆様もこれにあわせて二礼二拍手の拝礼。「撤餞の儀」「宮司一拝」を終えたところで日置春文宮司様より御挨拶を頂戴し、神職の方々、御宗家の皆様が静かに退出されて秋の「御献茶祭」も滞りなく終了いたしました。
なお、後刻智大様にお尋ねしたところ、外部の神社仏閣での御献茶(御供茶)点前で半東を勤められたのは今回が初めてとのこと。大変緊張されたと承りましたが、しっかりと勤め上げられたことは、御流儀にとりましても誠に心強いことでありましょう。

記念茶会

今回も「御献茶祭」にあわせて「記念茶会」が開かれ、左記の三席がご用意されておりました。
〈拝服席〉境内「神泉亭」 家元席
〈副席〉生田神社会館三階「菊の間」
不白会近畿支部席
〈点心席〉会館一階「武庫の間」
〈拝服席〉は御本殿のやや後方、「生田の森」に隣接する「神泉亭」でのお席。こちらでは若宗匠と峯雪先生が交代でお点前をされ、半東には終日智大様が入られました。
またお家元も毎回お出ましになり、御挨拶とともにお客様方と談笑されましたので、お席の雰囲気もぐっと柔らかなものになりました。
床の御軸はご流祖筆「菊の画讃」
菊持
芳年
七百歳  孤峰
秋らしく、また慶賀の念も感じられ、記念茶会のお席にぴったりの画讃でありました。時代写の手付籠の花入には、吾亦紅、矢筈薄、秋明菊、金水引、紫式部の五種がたっぷりと。香合は亀甲蒔絵の施された時代の錫縁香合。
風炉釜は芦屋で総霰の真形と切合風炉。肩から羽までの釜全体に緻密に霰が鋳出されております。お好みの方円棚には平戸・辻焼の水指。但し今回は青磁ではなく、白磁に多様な色遣いで大燈紋が明るく描かれた十四代辻常陸の作。そもそも辻家は古くから禁裏御用窯元として代々「常陸大掾」の位を賜ってきたこと、大燈紋はご流祖が大龍和尚より許された御流儀にとっては替紋にも等しいといったお話を、お客様方は興味深く聴き入っておられました。茶器も金蒔絵が鮮やかな時代の菊秋草蒔絵棗。
主茶盌はご流祖作の赤樂で、白釉で正面に雁の画、向正面に花押が描かれた重厚なお茶盌。その重さにお客様方もびっくりされておりました。対して替茶盌は樂家四代一入作の黒樂で、ご流祖の箱書に銘は「どんぐり」。やや小振りで光の加減によって色が黒から赤味を帯びた茶へ変化するところがまさしく団栗を思い起こさせます。またこちらは軽さも驚きで、「やはり素人と玄人の違いでしょうか」と若宗匠は笑顔で話されましたが、お客様方はその対称の妙を楽しんでおられました。
茶杓はご流祖作の銘「落葉」。節下に松が浮彫りされておりました。蓋置は色絵薩摩で七種の内の一つ「三ツ葉」を用いられましたが、こちらも華やかな作でした。
御菓子は鶴屋八幡製「秋の山」。
〈副席〉は生田神社会館三階の「菊の間」。近畿支部様の皆様方による立礼席でありました。
床には一元斎筆「松風閣」。お花は薄に竜胆、風船葛など。花入は唐物写の手付四方籠でしたが、この手が大きな円を描いており、さらに特設の床の背景が金屏風でしたので、この花入を置くことで満月のお見立てに。しかも翌二十四日は中秋の名月。御軸の「松風」と中秋の名月、そして川端近左作、青貝虫の香合という取り合わせは秋らしさが横溢した見事な御趣向でありました。
高円卓には角谷一圭作の長閑釜。水指も面白く、三日月型で共蓋が鮮やかな赤、そし撮みが兎という凝った作は利茶土窯の水指。「利茶土」とはリチャードと読みます。陶芸家・利茶土ミルグリム氏は一九八五年、京都府日吉町に「利茶土窯」を開き、以後茶陶を中心
に活躍されております。
主茶盌は若宗匠作の高麗茶盌。山口宗芳支部長のお話によると、平成七年の阪神淡路大震災の直後に頂いたお茶盌であり、銘「あかり」も将来への希望を感じさせる御銘。こちらを今回使われたのは「今年は災害が多かったので」とのこと。そのお言葉が胸に響きました。
茶器はご流祖好鶏頭棗の写でお家元の在判。茶杓もお家元作で銘「花の友」。その他のお道具組みの詳細については次のお会記をご参照下さい。
〈会記〉
生田神社 記念茶会 副席 
平成三十年九月二十二日
生田神社会館 三階 菊の間
主 江戸千家不白会近畿支部
床 一元斎筆 松風閣
花  季のもの
花入 唐物写 手付四方籠
船橋重郎造
香合 青貝虫 近左造
釜  長閑釜 角谷一圭造
棚  当代好 高円卓
水指 利茶土ミルグリム造
茶器 鶏頭棗写
茶盌 紹雪宗匠手造 高麗
銘 あかり
替 月と秋草 乾山写
茶杓 当代家元作 銘 花の友
建水 好 砂張平建水
蓋置 雪輪 十四代味楽造
御茶 深雪の白 当代閑雪好
山政小山園詰
菓子 まさり草 二つ茶屋製
器 古今和歌集 芙蓉手
数茶碗 古曾部焼 狂言袴
以上
末筆ながら、この日思いがけなかったのが、六月の「あやめ会」がきっかけになって江戸千家に興味を持たれて、今日のお茶会にも初めて参加されたという方が多かったことでした。思えば善通寺から続いて強行軍の日程下でのお茶会でしたから、お家元はじめ皆様の御苦労もさぞやと拝察いたしますが、こうして実を結んでゆくのは喜ばしいことと存じます。智大様が御献茶祭で半東を勤め上げられた事とともに、どこか心嬉しい気分になった生田神社の一日でありました。

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