二月二十八日、例年通り御宗家による「利休忌」の法要と茶会が江戸千家会館において執り行われました。本年は天正十九年より第四百二十九回遠忌となります。
「利休忌」では珍しい雨空。最高気温も8℃止まりという一日でしたが、朝から続々と大勢様が御参集になり、御法要の行われた三階大広間は早々にいっぱいになりました。
静寂に包まれた大広間の床には御宗家「利休忌」恒例の設え。御軸は英一蝶画、ご流祖讃の「寒山拾得」の双幅が掛かり、その前に祀られた利休居士の御像には竹の三ツ具足に菜の花が。
午前十時、お家元はじめ御宗家の皆様方が座に着かれ、菩提寺・安立寺御住職様、副住職様がお入りになって御法要の開始となります。まずは御住職様が利休居士御像に拝礼。続いて着座されて読経が始まります。やがて若宗匠が点前座に進み出られ御供茶点前へと移りますが、半東には昨年に引き続き智大様がお務めになりました。
若宗匠が丁寧に点てられた御茶は智大様によって御像に供えられ、続いて若宗匠も進み出られて拝礼。これに合わせて御参会の皆様も合掌し御像に一礼をされます。
その後も読経は続き、歴代お家元の戒名と御命日を読み上げての御供養、あわせて江戸千家縁故の物故者の菩提も弔われ、御題目「南無妙法蓮華経」の声が大広間を満たしてゆき、今年の「利休忌」御法要も滞りなく終了いたしました。
安立寺御住職様、副住職様が退出されますと、お家元が進み出られて御参会の御礼を述べられ、「どうぞごゆっくりお過ごし下さい」とお話になり御挨拶を結ばれました。
本年もお席は三席。二階〈担雪軒〉が濃茶席、三階〈広間〉が薄茶席、同じく三階〈奥の間〉は点心席となり、こちらではこれも例年通り竹葉亭調進の点心がご用意されておりました。また午後一時からは、「利休忌」の習わしであります「五事一行」が行われました。
濃茶席〈担雪軒〉に伺いますと、まず寄付に飾られた四曲一双の屏風二組に驚かされました。こちらはご流祖が「近江八景」を描いた八幅の画讃を一元斎宗匠が写され、それをさらに屏風二組に仕立てたものとのこと。たしかに〝八十九翁 不白〟と記されている下に〝閑雪冩〟と書かれておりました。多くの方々にお訊きしたところ、どなたも初めて拝見したと承りましたので、今日はとても得難い機会に恵まれたと興奮を抑えつつじっくり拝見。画の構図と墨の濃淡の巧みさ、讃の伸びやかな筆致など、いずれも洒脱な感覚が伝わってくる画讃で、模写とはいえその見事な筆遣いを堪能いたしました。なお「近江八景」はご流祖の好まれた画題ですので確認のため記載しますと、粟津晴嵐・瀬田夕照・三井晩鐘・唐崎夜雨・矢橋帰帆・石山秋月・堅田落雁・比良暮雪の八景です(順番は『国史大辞典』に拠る)
〈担雪軒〉にはさらなる驚きが。席入りしますといつもとはまるで違う雰囲気を感じます。それもその筈、点前座が通常とは対角線上に正反対の位置に移され、今回は向切のお席に設えられておりました。かなりベテランのお客様から「このお席はこういう使い方もできるのですね」とのお話があったほどですから、経験の浅い当編集部が吃驚するのは無理からぬところ。また水屋からは遠くなることから、先述の屏風二組はお運びの方々の動線確保のための意味もあったことが分かりました。
〈担雪軒〉では御法要に引き続き若宗匠がお点前をされ、智大様が半東を務められました。また時にはお家元も席入りされ、本日の御趣向などについて笑顔でお話下さいましたので、濃茶席らしい緊張感が漂いつつ、和やかで温かな雰囲気に包まれておりました。
お席の床の御軸は「利休忌」に相応しくご流祖筆の「利休居士茶観」。文末に〝右利休翁茶観 應人求書 孤峰不白〟とあるように、人に求めに応じて、ご流祖が「利休七則」の内の四つを選んで書かれたものと思われます。お花は一休椿と烏木蓮。こちらも珍しいお取り合わせ。しっとりと時代を感じさせる風情を持つ竹一重の花入は江岑宗左作、銘「雪月」。〝寛政十年六月〟と記された四代自得斎筆の箱書が添っておりました。木魚の香合は仁阿弥道八作の木魚。蓋の合わせのところに〝為利休居士追福〟と刻されている「利休忌」に合った作品でありました。
存在感のあるお釜は一元斎好の雪華地紋の広口釜。大蓋の撮みが菊という凝った作でした。炉縁は四種の寄木。水指は伊賀耳付。ご流祖の箱書に〝覚々斎書付〟とありましたが、覚々斎の在判は底面ということでこちらは拝見が叶わず。茶入は信楽茶入で、ご流祖の箱書には銘「老師」と。渋い色合と胴から腰にかけて直線的な佇まいからの御銘ではないかと推察。仕服は金襴。
茶碗は時代の高麗御本。こちらも胴のあたりがやや直線的なところが茶入と好一対。艶やかな肌と赤味を帯びた斑点など御本らしい立派なお茶盌でした。出袱紗はどっしりとした重さのある金モール。
茶杓はご流祖作の銘「冬嶺」。思いがけず寒の戻りとなったこの日の気分に合っておりました。蓋置は一元斎作の竹。御茶はお好みの「千代の昔」味岡松華園詰。御菓子は「利休忌」濃茶席の恒例である半田松華堂製「菜種饅頭」。
一方、三階〈広間〉の薄茶席では峯雪先生がお点前を務められ、お家元や翠鶴先生が毎回御挨拶に出られました。
床の「大順和尚筆 利休遺偈 ご流祖筆 利休ケラ判」の御軸に旅簞笥の取り合わせは「利休忌」薄茶席では例年通りの設えであります。旅箪笥に置かれた水指は鮮やかな発色の南京染付。
釜は天命釜。天命らしく無地紋でねっとりした膚が美しく、鐶付は遠山。また口が狭いのが特徴的で、「お点前が難しそうですね」との声がたびたびお客様方から発せられました。炉縁は守屋松亭による雪輪蒔絵。名人松亭の炉縁も珍しいそうで、こちらも皆様熱心に御覧になっておりました。茶器ははじめ黒中棗かと思っていたところ、光の加減で甲蓋に蓮の葉が浮かび上がる黒蒔絵(闇蒔絵)が施されておりました。
主茶盌は樂家九代了入作の彫三島。替茶盌は朝日焼で先代豊斎の作。いわゆる鹿背茶盌の一種ですが、腰廻りが鉈目のように削られた独特の造形を面白く拝見しました。
さて、ここで〈広間〉席にもサプライズが発生。三客様に出された赤樂茶盌は発色も良く、均整の取れたフォルムが見事なお茶盌。
当然「これはどなたの?」とのお尋ねに対し、智大様の作とのお答えには本日一番の驚きの声があがりました。昨年の夏、杉本貞光様の窯で作られたとのこと。無論この「利休忌」のお席が初使い。前記の屏風同様、貴重なお席に参会できました。繰り返しますが本当に見事な作でしたので、唯々「感嘆措く能わず」と申し上げるばかりです。
茶杓は一元斎作の銘「寒菊」。蓋置が大燈紋を象った朝日焼。
御菓子は青山菊家製「利休ふやき」と松江三英堂製「菜種の里」。そして菓子器は根来塗の輪花盆。いずれも「利休忌」〈広間〉薄茶席恒例のお取り合わせであります。
午後一時をまわりますと、お茶席は一旦閉じられ、お客様方は再び三階に御参集に。御案内のとおり一時三十分より「五事一行」が執り行われました。静寂と緊張に包まれた〈広間〉での約二時間、お家元や翠鶴先生が間近から見守られ、大勢様が息を詰めて注視されるなか、五名様によって「五事一行」が廻り花・廻り炭・且座・花月・一二三と円満に進み、滞りなく終えられたのは誠に素晴らしいことかと。
雨の「利休忌」はあまり記憶にないのですが、しっとりと落ち着いた風情が常とは違う気分を醸し出し、寛いだ雰囲気のなか、いろいろな御趣向が興味深かった〈担雪軒〉や、智大様作のお茶盌に話題が集まった〈広間〉など、楽しく見所の多かった今年の御宗家「利休忌」でありました。