「令和」改元を二日後に控えた四月二十九日、第七十一回となります「不白会東京支部大会」が例年通り芝の東京美術倶楽部において開催されました。昨年の記念茶会と同じく、本年も次の計八席が設けられましたので、「平成」の掉尾を飾る大茶会となりました。
第一席 花の間(濃茶) 若宗匠
第二席 月の間 大内宗心
第三席 雪の間 埼玉支部
第四席 済美庵 澤田宗直
第五席 小邑宗和
第六席(立礼) 関谷宗恵
第七席 東京支部青年部
第八席(おしのぎ席)
空は薄曇りながら暑からず寒からずの過ごしやすい一日。今回は還暦を迎えられた若宗匠が濃茶席にてお席主を務められるということもあり、朝早くから遠方のお客様方も続々とお出ましになり、各席とも終日賑わっておりました。
美術倶楽部2階へ上がりますと、大玄関正面の床にご流祖筆「さゞれ石の画讃」と、いつもは〈花の間〉脇床にある智丸人形が飾られておりました。さゞれ石の画と「君が代」全文が記された画讃。明日御退位、明後日御即位というこの日のお茶会が、祝意に満ち溢れた雰囲気であったことを象徴するような御軸でした。
第一席〈花の間〉の濃茶席ではお席主である若宗匠がお点前をされ、智大様が半東を務められました。若宗匠のお話では、御自身の還暦より、このたびの御代替わりを祝したお道具組を意識されたとのこと。まず御軸からそのお気持ちが強く伝わってまいりました。
後水尾天皇筆「詠草」、
千とせ(歳)とへむ(経む) 陰をかさねて
松か枝の
おなし(同じ)みどりに たてる若竹
故小松茂美先生の極書も添ったまさしく宸筆の〝御製〟。実にお目出度い和歌でありますが、「陰」の字が気になって大事典類で調べたところ、この場合の「陰」は「面影」の意で、これを「重ね」ることで「歴代」「代々」の意味になると思われますので、新しい御代と江戸千家の未来を寿ぐ、本席に相応しい御軸でありました。
この御軸にあわせて脇床には、雅楽の楽器(笙・篳篥)とそれを収める袋を高蒔絵で描いた硯箱が飾られ、雅な雰囲気を醸し出しておりました。明治初期頃、輸出用か海外博覧会展示用に作られたらしき美しい作品。
存在感のある大きな花入はご流祖作の竹一重で銘は「冨士」。こちらには珍しい白花の羽衣椿と大亀の木(虫狩)が生けられ、書院に飾られた香合はご流祖箱書が添う利休好の菊蛤香合でした。
釜は大西二代浄清作、浜松地紋の撫肩釜。花入の「冨士」に「羽衣椿」と「浜松地紋」のお取り合せは三保の松原のモチーフに繋がります。また、あえて炉縁に白木を用いられたのは伊勢神宮古材であるため。
真塗の及台子に南鐐の皆具は神前での御献茶の際に使われるもの。置茶器は河太郎型の平棗でご流祖好の菊蒔絵。一方、茶入はご流祖手造の銘「あけぼの」。ご流祖の箱書には伊賀焼とありました。仕覆は緑地鳳凰紋金襴。
ご流祖が箱書に「長崎堅手 茶盌 初空」と記されたお茶碗は、うっすらと青味を帯びた片身変わり風で実に端正な作。なお長崎堅手の本歌は現在根津美術館所蔵されております。出袱紗は銀モール。若宗匠がマレーシアで買い求められたソンケットですが、手間も時間もかかる高価な伝統工芸品だそうです。
節下に朱書で花押と「有馬筆」と書かれている茶杓は住山揚甫の作。節の上下で色目が片身変わりになっており、白い節上を有馬(人形)筆に見立てたものと思われます。また共筒に「還暦賀」とあることから、揚甫がお祝いに贈った茶杓らしく、こちらは若宗匠が還暦自祝の意を籠められたものと拝察いたします。
御茶はお好みの千代の昔、松華園詰。御菓子は本席恒例の鶴屋八幡製の「緑」でありました。
先述の後水尾天皇筆「詠草」や伊勢神宮古材の炉縁だけでなく、例えばお茶入の「あけぼの」とお茶碗の「初空」のお取り合わせなど、新しい時代の幕明けが強く感じられる若宗匠によるの〈花の間〉のお道具組でありました。
毎年うかがうのが楽しみなのが第七席〈東京支部青年部〉のお席。今年はBGMに雅楽が流れる厳かな雰囲気。広々とした会場の中央には、紅白の大きな牡丹で囲われた四畳半の二席が、少し高低差をつけて末広に設置されておりました。正面の壁には橋の遠景が前後に二つ。勘の良いお客様の中にはこれで気付かれた方も多かったようですが、鈍い当方は何も思い当たらず焦るばかり。
まずは青年部部長である峯雪先生より御挨拶を頂戴し、続いて御解説を聞いてようやく判明。今回はこの広いスペースを皇居前広場に見立て――つまり正面に浮かぶ遠景は二重橋――そこで御代替わりを祝すお茶会が催されているという御趣向でありました。よってお道具組も万事お目出度いものが揃えられておりました。
また二席それぞれには双鶴棚と亀甲棚が設えられ、あわせて鶴亀の二席というのも御趣向のひとつ。こちらでは青年部の皆様が同時進行によるお点前を御披露されました。この日の御茶は山政小山園詰「深雪の白」、御菓子は赤坂塩野製「誰が袖」、菓子器には糸目銘々皿が用いられました。
中央には立派な唐物手付細竹花籠の花入。お花は都忘れ、京鹿ノ子、姫百合、宝鐸草、翁草の五種。その左側に特設の床があり、御軸は「令和」の夜明けということでご流祖筆「日の出の画讃」
昨夜金鳥飛入海
暁天依舊一輪紅
この「金鳥」はいわゆる「金鶏」のことと思われます。想像上の金鶏は鳴いて暁を知らせ、天下の鶏は皆これに応じて鳴くとのこと。慶賀の想いが伝わってくる御軸であります。
あわせて飾られたのが、まずは平安神宮御神木の香合。甲蓋に桜と橘が描かれた可愛らしい香合。研ぎ出し蒔絵で鶴が描かれた棗は豊平翠正の作。主茶碗は若宗匠手造の刷毛目茶碗は銘「弥栄」。替茶碗は松林豊斎作の月白釉。茶杓はお家元作の銘「青葉」。いずれもお祝いの席らしい明るい作で、じっくりと拝見したくなるものばかりでありました。
大勢様が見守る中で、二席双方の東・半東がお互いに息を合わせながら進めるお点前はかなり難しいことと存じますが、皆さん落ち着いて日頃の御稽古の成果を発揮されたのは誠に見事なこと。様々な御趣向とともに、多くのお客様方が楽しまれてゆかれた〈青年部〉席でした。
紙量の都合上、「第二席」から「第六席」までの詳細につきましては文末掲載の《当日のお会記》をご参照いただきたいと存じますが、各お席で印象的だったいくつかを短いながら以下に記します。
第二席〈月の間〉では大内宗心様がお席主を務められました。ご流祖筆の一行「星中一老人」は長寿を祈念する御軸。最晩年の書とは思えぬ筆勢に驚かされます。花入は利休好の魚籠型で木耳付の時代籠。八ッ橋蒔絵の香合。いずれも重厚感のある逸品でした。また慶祝のお席らしくお目出度いお道具組の中で、ご流祖好矢筈爪紅の長板に置かれた菊桐紋透木の風炉釜と松竹梅の染付水指のお取り合わせが均整のとれた落ち着きがあり、お席全体を引き締めているように感じられました。
第三席〈雪の間〉は埼玉支部の皆様によるお席。こちらの御軸もお目出度い大龍和尚筆の「百事大吉祥」。豪快な一行に圧倒されます。また脇床の硯箱にも驚かされました。天平勝宝銘の古鏡と勾玉、袈裟の鐶が嵌め込まれた渋いながらも凝った蓋、しかし内側は一転して月に薄の図が華やかな江戸蒔絵が施されている実に素晴らしい作でありました。さらにあえて装飾性よりも簡素さを表現したような若宗匠手造の主茶碗は銘「清尚」。対して替茶碗は色鮮やかな八ッ橋図の真葛焼。対照的というより絶妙な二碗の組み合わせ方が勉強になります。
小間の第四席〈済美庵〉のお席主は東京支部の澤田宗直様。床の御軸は山崎妙喜庵三世・功叔和尚筆の「玉のし画讃」。掲載写真の通り実にユニークな画讃ですが、〝君が代や春を雀の子に孫に〟の讃には、昨年はお家元が米寿、今年は若宗匠が還暦、そして来年は智大様が二十歳を迎えられることへのお席主の想いが籠められているとのお話に、多くのお客様が感歎されておりました。またお会記には「霰」とのみ記されていたのは珍しい梵鐘型の芦屋霰釜。古い芦屋の特徴的である小粒の霰が美しく鋳出されておりました。
第五席は特設のお席ですが、神奈川支部の小邑宗和様がお席主を務められました。こちらは端午の節句をモチーフにされた楽しいお席でした。床の御軸はご流祖筆「大黒画讃」。画は頭巾と小槌のみを描いて大黒とし、讃には次の「易経」の一節、
窮乎正達(キュウスルヤマサニタッシ) 達乎即通(タッスルヤスナワチツウズ)
明此意者(コノエタルアケムルモノハ) 在福田中(フクデンノウチニアリ)
心が軽くなるような洒脱な御軸でした。砂張銅の四方面取風炉に浜千鳥図の筒釜、啐啄斎好溜塗の丸卓に六角の景徳鎮水指、そして主茶碗の黄釉薩摩に至るまで、どれも色合いが味わい深いものばかり。さらに松透矢羽根の風炉先もこれまで拝見したことのない珍しいもので面白く拝見。趣向を凝らしたお道具組を堪能いたしました。
第六席は関谷宗恵様が席主をお務めの〈立礼席〉。床の御軸はこの時季に適したお家元筆「春至草木繁」。独特の形をした花入は小菅吼月作の木籠。お花は鯛釣草、都忘れ、翁草の三種が可憐な感じ。お好みの高円卓には、菊池正直作の円相が鋳出された筒釜や、豊平良彦作の山吹蒔絵の棗などがすっきりとした感覚を演出。そして緑釉の濃い華山作の水指が一種のアクセントとなってお道具組の厚みを持たせておりました。
実は第六席ではお家元と御一緒させていただきました。今年は濃茶席のお席主を若宗匠に譲られたので「少し余裕ができました」とお家元。翠鶴先生とともに各お席を廻っておられましたが、いかにもお家元らしく万事控えめで、この〈立礼席〉でも他のお客様の邪魔にならぬようにと最後列の床几に着座されて御茶を召し上がっておいででしたし、お道具の拝見に際しても、皆さんが退出されてから徐に高円卓に近付かれ、お席主・関谷様の御説明に耳を傾けておられました。その真摯な御姿にはいつもながら敬服するばかりです。
《当日の会記》
第二席〈月の間〉 主大内宗心
床 流祖不白筆
星中一老人
花 黒蝋梅 京鹿ノ子 ベル鉄線
虎ノ尾 槍水仙 風鈴花 大手毬
花入 時代籠 木耳付
香合 あやめ八ッ橋蒔絵
風炉釜 不白好 菊桐紋透木 茂昌造
先 一元斎好 菊桐紋
長板 不白好 矢筈爪紅
水指 松竹梅 染付
茶器 時代菊桐鳳凰蒔絵
茶碗 御本 当代家元箱
替 松竹梅 仁清写
替 薩摩 沈壽官造
茶杓 流祖不白 銘 千歳 共箱
建水 砂張
蓋置 三ッ人形 寿宝造
御茶 寿泉の白 ほ里つ詰
菓子 えくぼ饅頭 若松閣製
器 存清盆
以 上
第三席〈雪の間〉 主埼玉支部
床 大龍和尚筆
百事大吉祥
花 風鈴苧環 裏白の木 河原撫子
芍薬 姫百合 令法 姫窠
花入 唐物手付籠
香合 福神
脇床 天平蒔絵 鏡硯箱
風炉釜 透木釜 菊桐紋 紹栄造
先 ねじ梅
棚 祥峰棚
水指 染付 末広
茶器 大棗 雪花紋 当代花押
茶碗 若宗匠手造 銘 清尚
替 八ッ橋 真葛造
替 元号記念 銘 鳳凰紋 祥平造
茶杓 当代家元作 銘 瑞雲 筒箱共
建水 砂張
蓋置 一元斎好 雪輪
菓子 千代むすび 清晨庵製
器 赤絵 初代永寿造
以 上
第四席〈済美庵〉 主澤田宗直
床 妙喜庵功叔筆
玉のし画讃 南宗箱
花 玉之浦椿 木五倍子
花入 古銅耳付
香合 宗鶴師手造 橙 当代箱
釜 霰
炉縁 東大寺古材 道善箱
水指 高取
茶器 面取 宗哲造
茶碗 高麗
替 伊羅保 銘 残月
当代箱 日呂志造
茶杓 当代家元作 銘 蓬莱 筒箱共
建水 楽山 空権造
蓋置 竹 当代在判
御茶 松の齢 味岡松華園詰
菓子 末広 菊屋製
器 後藤塗
以 上
第五席 主小邑宗和
床 流祖筆 大黒画讃
窮乎正達…… 当代家元箱
花 菖蒲
花入 唐物古銅 籠形
香合 桑 たけのこ 光春作
建仁寺益州箱
風炉 砂張銅 四方面取
釜 浜千鳥図筒釜 角谷一圭作
風炉先 松透 矢羽根
棚 啐啄斎好 溜塗 丸卓
水指 六角 菱馬 明代景徳鎮
茶器 芽柳蒔絵 和田瑾斎作
茶碗 黄釉薩摩 前田家旧蔵
替 四季の花 四代六兵衛造
三客 萩 鬼手沓形
九代高麗左衛門造
茶杓 当代家元作
銘 松風 筒箱共
建水 モール 秀明作
蓋置 三ッ人形 城岳造
御茶 深雪の白 宇治小山園詰
菓子 初かつお 両口屋製
器 神懸焼 小豆島三代秋光造
以 上
第六席〈立礼席〉 主関谷宗恵
床 家元筆 春至草木繁
花 鯛釣草 都忘れ 翁草
花入 籠 吼月造
香合 亀甲型鶴絵 誠中齋
釜 円相 正直造
棚 当代好 高円卓
水指 華山造
茶器 山吹 良彦造
茶碗 御本 当代箱 日呂志造
替 八ッ橋 秋峰造
茶杓 当代家元作
銘 福寿 筒箱共
建水 御深井焼 豊徳造
蓋置 豊斎造
御茶 上林 司の白
菓子 長門製
器 雪華蒔絵
以 上