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2019年10月13日 東京茶道会茶会(十月)

2019年12月13日(金)
十月の「東京茶道会茶会」は十三日(日)に開かれ、江戸千家からは佐藤宗閑様が〈楓の間〉にてお席主を務められました。
先月号にて御報告した通り、前日の台風19号の影響で川崎大師での御供茶は中止になりましたが、護国寺での東京茶道会は開かれました。しかし、台風の影響でお席主の佐藤様も御自宅からかなりの時間を要して護国寺に着かれたそうで、交通機関も本数制限をしておりましたので、お客様がいつもより少なかったのは致し方ないこととはいえ誠に残念なこと。この日のお道具組は実に素晴らしく、多くの方々に拝見していただきたかったお席でありました。
お席の詳細については文末掲載のお会記を御参照いただくとして、まず床の御軸から驚きで、なんと酒井抱一筆の「尾花の画讃」。〝絵のような文字〟とお席主が評された流麗な書体で自作の句を書き、淡く尾花が描かれておりました。
阿と乃雁さ支へ来たぞと十三夜
(あとの雁 先へ来たぞと 十三夜)
前々日が十三夜でしたので、季節感とともに抱一らしい洒落た感覚が楽しめた御軸であります。
お花は残花をたっぷり八種、これに御軸の尾花を加え九種とされる御趣向にお客様方からも笑みがこぼれます。脇床に置かれた阿古陀型の香炉も秋草蒔絵が美しい逸品でありました。
鬼面鐶付の鐵荒膚の風炉は初めて拝見しましたが、その造形には驚かされましたし、四方筒釜も蜻蛉の鐶付が大胆で面白いお取り合わせでありました。乳白色の細長く上品な水指は打出(うちで)焼。兵庫県打出村(現在は芦屋市)にて明治の終わり頃開窯され、京焼の一種とのこと。なおこの水指は惺斎好十個の内に一つだそうで、荒々しさのある風炉釜との対照の妙が味わえました。
お会記に中山胡民造「雨宿茶器挽家写」と記された茶器も驚かされました。遠州好の茶器で銘「雨宿」に添う挽家を写したそうで、本歌の挽家が竹の根の部分を材としているので本作も竹製。蓋などは竹の節が活かされており、菊に短冊の蒔絵も見事な凝った作りになっておりました。
主茶盌はご流祖手造の赤樂で銘「雲波」。これまでご流祖作の赤樂茶盌はいろいろと拝見してきたつもりですが、これほど厚く丸味のあるお茶盌は初めて。一方、替茶盌は小振りの黄伊羅保で、その色合と佇まいが黄葉紅葉を迎えた季節感にピッタリだとのお客様からの声がありました。茶杓は啐啄斎作、惺斎箱の銘「落雁」。こちらは御軸に合わせて選ばれたとのこと。
最後に触れておきたいのが建水。お会記には不昧好の曲とありますが、実は松江藩の特産品である和三盆糖の入物を転用したもの。和三盆糖は藩の重要な専売品だったので、器には「松平家」とか「不昧」の焼印があり、これらを残すように春慶塗で建水に仕上げられたとのお話にはただただ驚かされるばかり。お客様から建水の拝見所望があったくらい滅多に拝見できない作でありました。
〈会記〉
令和元年十月十三日
東京茶道会茶会
於 音羽護国寺「楓の間」
主 佐藤宗閑
床 酒井抱一筆 尾花画讃
阿と乃雁 さ支へ
来たぞ 十三夜
花  秋明菊 藤袴(紅白) 水引
竜胆 白杜鵑 爆蘭(はぜらん)
ブルーベリーの照葉
花入 啐啄斎伝来 唐物手籠 瓢阿造
香合 菊絵 不白好 共箱
脇 香炉 阿古陀 秋草蒔絵
釜  四方筒 鐶付 蜻蛉
根来茂昌造
風炉 鐵荒鐶付鬼面 乳足
名越浄味造 浄長極
先 古材
水指 細水指 打出焼 惺斎好
茶器 雨宿茶器挽家 写
一株ノ菊、短冊 蒔絵
中山胡民造
茶碗 赤 流祖不白作
銘 雲波 共箱
替 黄伊羅保
茶杓 啐啄斎作 惺斎箱
銘 落雁
建水 曲 不昧好 和三盆糖入物
蓋置 色麦藁 絵
御茶 寿泉の白 ほ里つ詰
菓子 菊丸 花門製
器 染付大皿
以上

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