本年も一月十日より御宗家の初釜が始まり、連日多くのお客様方がお出ましになったとのことですが、当編集部も十三日にお招きを受けましたので、ここではその日の御報告を。
江戸千家会館一階の寄付で暫し待機し、御案内を受け、〈花月楼〉へと向かいますが、いつものように敷松葉と青竹の美しい露地を抜ける際の気持ち良さは初釜ならではのこと。
〈花月楼〉へお席入いたしますと、いずれも御初釜吉例のお道具組。正面の床にはご流祖筆の双幅「千年丹頂鶴 萬年綠毛亀」、その前に供えられた大きな鏡餅の右にはご流祖好の金獅子香合が飾られ、間の柱には大きな海老のお飾り、さらその右には如心斎好嶋台茶盌一対と無學宗衍筆の由来書。少し離れて今年はご流祖作の赤樂嶋臺写も供えられ、並んでご流祖の寿像、その横にはご流祖筆「宝舟の画讃」が掛けられておりました。御軸の左の脇床には見事な松に葉牡丹と南天が生けられ、紅白の玉椿が入った青竹から美しく大きく枝垂れる若柳は縁起の良いもの。注連縄飾りの竹台子には朱桶の水指とご流祖好の菊桐紋の皆具。お釜は浄元作の亀の鐶付の寿釜。そして炉縁は新春らしくお目出度い鶴の蒔絵。こうして吉例のお道具組を眺めておりますと、今年も初釜に参上できた喜びを感じずにはいられません。
お席が落ち着いたとこでお家元と智大様が進み出られて新年の御挨拶を述べられます。今年もお家元がお点前をされ、半東を智大様がお務めになりました。高坏に飾られた御菓子はこれも〈花月楼〉の吉例で銘「蓬莱山」。五色餡も華やかな末富製の御饅頭であります。お家元が丁寧にお濃茶を練られるお茶盌は如心斎写、樂九代了入作の嶋臺。金襴に宝尽し紋様の仕服が添う大きな茶入は唐物の阿古陀で、これに合わせて厚みのある一元斎作の銘「福寿草」の茶杓はいつものお取り合わせです。
お濃茶を頂戴し緊張感がほぐれたところでお家元と親しくお話ができますのも〈花月楼〉での楽しみですが、なんと言ってもこの日は「成人の日」。前項の通り元日に二十歳になられた智大様が話題に中心になりましたが、長年通われているお客様からは「感無量ですな」との御発言も。
お家元より御案内を頂戴し、三階〈広間〉の点心席に伺いますと、若宗匠のお出迎えを受けました。
若宗匠が皆さんのご流祖好松竹梅の引盃に御酒を注いで下さり、盃をあげて新年を祝します。この後も若宗匠やご社中の方々御酒を勧めて下さいましたが、今年からは智大様もこのお席に参加されるようになりましたのでより一層賑やかなお席となりました。なお美味しく頂いた祝膳は本年も東京吉兆の調進でした。
点心席恒例の福引では、〈福〉札を引かれた方にはお家元筆の一行「祥雲繞寿山」が、〈禄〉札の方にもお家元筆「福如泉」がそれぞれ贈られましたが、どちらもこの日の朝に書かれたものとお聞きし、引き当てられた方々は感激されておりました。なお「祥雲繞寿山(しょううんじゅざんをめぐる)」とは、慶事の前兆である雲が長寿を象徴する寿山を取り巻いているという意味の禅語です。
続いて二階〈担雪軒〉へ移り薄茶を頂戴いたしました。こちらでは峯雪先生が笑顔で御挨拶、お点前も務められました。まずは〈担雪軒〉恒例の御菓子、お好みの鶴屋八幡製「紅白きんとん」を頂戴しましたが、御酒のあとですから実にくだけた雰囲気に。時に笑いも起こる楽しいお席でありました。
床の御軸は〝八十七 不白〟とあるご流祖筆「俵の画讃」。
甲子や 福不可量の 青俵
「福不可量」とは法華経(『陀羅尼品』)の一節「受持法華名者 福不可量(法華のみ名を受持せん者福量るべからず)」から取られたものと思われます。法蓮経を受持する者には、量りしれない大きな功徳が具わるとのこと。
青竹の竹一重の花入にはお正月らしく曙椿と衝羽根(つくばね)。香合はご流祖作、在判の赤楽で蓋に可愛らしい鼠が乗った珍しい香合でした。
芦屋の真形釜は鬼面鐶付で松竹梅の地紋。炉縁も松竹梅蒔絵が施された山中塗でしたが、特に紅梅の美しい蒔絵でした。風炉先は大亀老師筆の「富士の画」。簡素で力強い筆遣いが皆さんの眼を惹いておりました。
三友棚には藍阿蘭陀の水指と茶器はご流祖好の雪月花蒔絵棗。主茶盌はご流祖手造の赤楽で銘「竹」。箱書に「唐土以造」とあるご流祖らしいどっしりした作。替茶盌は黒地に色鮮やかな雪持松が描かれた永楽善五郎の作。その他干支に因んだ多種多様なお茶盌が御用意されていたのも嬉しい御配慮でありました。
茶杓はご流祖作、共筒の歌銘で「松ヶ枝」。こちらもかなり肉厚なお茶杓。蓋置は仁清写の糸巻で八田円斎らしい明るい作でした。
本来ならばこの日は成人式だった智大様ですが、御初釜を優先されたとお聞きし実に頼もしく感じられたのは当方ばかりではないはず。
江戸千家の伝統が確実に未来に繋がってゆくことを実感できた今年の御初釜でありました。
(「孤峰 江戸千家の茶道」令和二年二月号より)